150万円未満に緩和──それで、若者は救われるのか?
健康保険の被扶養者に関するルールが変わります。
2025年10月から、19歳以上23歳未満の人について、
年間収入が「130万円未満」なら扶養に入れるとされていた基準が
「150万円未満」へと引き上げられます。
この変更、わざわざ「意見募集までして検討するほどのことか?」と思う人も多いでしょう。
確かに、年収要件の緩和は、大学生などが
アルバイトで働ける時間や収入の幅を少しだけ広げることになります。
「130万円を超えると扶養から外れて、健康保険料を自分で払わなければならない」といった“壁”が、
少しだけ後ろにずれるわけです。
でも――だから何なんでしょうか?
■ 就業調整の「泥縄」対応
政府の説明では、「人手不足だから、若者がもっと働けるように」としています。
けれど本質は、「制度が今の時代とズレてきたので、帳尻合わせをしているだけ」にすぎません。
いま、大学生のアルバイト収入は、物価上昇や最低賃金の引き上げによって、
自動的に年130万円に近づいてきています。
時給1,100円で週20時間も働けば、あっという間に突破します。
「働きすぎると扶養から外れて不利益になる」
「だったらセーブしよう」
そんな“就業調整”は、多くの若者や家庭にとって現実的な悩みです。
それを「じゃあ150万円までOKにするね」とルールを変える。
一見ありがたく見えますが、あくまで一時的な延命処置にすぎません。
■ 見えてこない「次の社会」
「健康保険の扶養に入る・入らない」
「税制上の控除がどうなるか」
こうした制度が、いまや若者の“働き方”に直接影響を与えています。
それなのに制度設計の議論は、いつも目先の対症療法で終わってしまう。
どうして若者がここまで扶養の制度に縛られているのか?
なぜ親の扶養から外れるだけで、突然、高額な保険料を自分で負担しなければならないのか?
そして、こうした境界線が、未来に向かってどのような社会構造を作るのか?
――その視点が、まったく見えません。
■ 本当に必要なのは「制度のフラット化」
これからの若者が、もっと自由に働き、経験を積み、社会とつながるには、
「130万円」「150万円」といった恣意的な“線引き”を取っ払う必要があります。
今後の議論に求められるのは、“扶養”という旧時代的な発想を問い直すことです。
もはや家庭単位で個人を括り、労働と保障を結びつけるモデルそのものが、時代遅れになっている。
その根本にメスを入れない限り、数字をいじるだけの改革は、若者の可能性を狭め続けるだけです。
■ まとめ:150万円?焼け石に水
確かに、今回の変更で一部の学生アルバイトは“少し多めに”働けるようになります。
でもそれは、「燃え上がる制度の矛盾」にコップ一杯の水をかけるようなものです。
一時的な安心の裏で、未来への展望は相変わらず閉ざされたまま。
若者の働き方が“制度都合”で歪められる社会を、このまま放置していいのでしょうか。