技能実習制度のゆがみを直視する

 厚生労働省が今年9月に公表した調査結果は、静かな衝撃を与えた。
技能実習や特定技能の外国人を受け入れている事業場に対する監督指導の結果、
実に1万2千件を超える法令違反が確認されたのだ。

技能実習制度に限れば、調査対象の約7割以上で労基法違反。
もはや一部の悪質業者の問題ではない。
制度そのものが“違反を前提に成り立っている”といっても過言ではない。

 本来、技能実習制度は「開発途上国への技能移転」を目的に始まった。
だが、いま現場で行われているのは“実習”ではなく、安価な労働力の供給である。
賃金の未払い、残業代の不払い、安全基準違反。
送り出し機関や受入れ企業の間で金が動き、「人」が「商品」として扱われる構図ができあがっている。
これを“国際貢献”と呼ぶのは、あまりに白々しい。

 なぜ、こんな仕組みが長年続いてきたのか。その理由は単純だ。

日本の人手不足対策を「外国人労働力の安値調達」で済ませてきたからである。
中小企業の多くは、実習生がいなければ工場が回らない。
だが、その裏で守られるべき最低賃金、安全衛生、社会保険が犠牲になっている。
行政も“人手不足を埋める制度”として黙認してきた。
つまり、この制度の恩恵を受けてきたのは「安い労働」を欲しがる企業であり、
犠牲になったのは“実習生”と“日本の労働倫理”だ。

 さらに問題なのは、制度が日本人の賃金構造そのものを歪めている点である。
企業が「実習生で十分」と考える限り、日本人を正規雇用し、育成する動機は失われる。
結果として、「安い労働力がないと成り立たない産業」が増え、日本全体の賃金水準が下がる。
技能実習制度は、外国人だけでなく日本人労働者の未来も奪っている。

 この制度を守ろうとする言い訳はいつも同じだ。
「日本人がやりたがらない仕事を支えてくれている」と。
しかし、裏を返せば「まともな賃金や環境を整えれば成り立たない仕事」だということだ。
そんな産業構造を“維持”することに、果たして意味があるのか。

 制度を維持することが目的化した瞬間、そこにはもう「人間」はいない。
あるのは“労働力”という数字と、“補助金”という金勘定だけだ。
技能実習制度は、日本の道徳と誇りをすり減らしながら、国際的な信頼をも失いつつある。

 日本が本気でこの問題に向き合うなら、部分的な改善では足りない。
制度を一度解体し、「教育・訓練」と「労働」を明確に分けた新たな仕組みを設計するしかない。
技能実習の看板を掲げた“安い労働”の構造を温存する限り、同じ悲劇は繰り返される。

 「安価な労働力の上にしか成り立たない産業」は、もはや未来を持たない。
 それを認める勇気こそ、いまの日本社会に問われている。

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