最低賃金1,121円時代の到来──“越年発効”が示す現場の限界と、労務担当者が今すべき対応

厚生労働省が9月5日に公表した令和7年度の地域別最低賃金。
全国加重平均は1,121円(前年比+66円)。
全都道府県でついに1,000円を突破し、「最低賃金1,100円時代」が現実となった。

注目すべきは、秋田・群馬・福島・徳島・熊本・大分の6県が越年発効(翌年発効)を選んだ点である。
これは、単なるスケジュール上の問題ではない。
“現場がすぐには対応できない”という切実な実情を映している。

■越年発効の背景にある「現場の限界」

本来、最低賃金は10月前後に施行される。
しかし今回は、最長で翌年3月まで発効を先送りする県が出た。

理由は明確だ。
地方の中小企業、とくに人件費比率の高い業種(介護・飲食・小売・製造など)では、
賃上げに必要な原資が確保できていない。

価格転嫁もままならず、採用難も続くなかでの賃上げは、
「法律で決まったから上げる」という、現実離れした構図を生んでいる。

■「制度先行・現場後追い」が加速する中で、労務担当者の役割が変わる

最低賃金が毎年大幅に上昇している現状は、
もはや“労務管理の定常業務”の範囲を超えつつある。

労務担当者に求められるのは、単に「新しい最低賃金を周知・適用する」ことではなく、
経営判断の支援者としての視点だ。

具体的には、以下のような実務的対応が求められる。

■実務担当者が今すぐ着手すべき3つの対応
① 賃金テーブル・手当構造の再設計

最低賃金が上がるたびに「基本給を微調整」で対応していては、
数年後には賃金表が歪み、職務や等級のバランスが崩れる。

今のうちに、職務・スキル・成果に応じた等級制度・賃金テーブルの整理が必要だ。
「一律アップ」ではなく、「構造的に整理して上げる」発想に切り替える。

② 非正規・短時間労働者の処遇見直し

最低賃金の上昇は、パート・アルバイトの時給と正社員の賃金差を急速に縮めている。
いまや、“正社員であることの優位性”が薄れるケースも珍しくない。

昇給制度や賞与の位置づけなど、雇用区分ごとの整合性を見直すことが欠かせない。

③ 業務効率化と人員配置の見直し

労務部門ができることは「制度運用」だけではない。
現場と連携し、生産性向上や省人化のプロセスにも踏み込むことが重要だ。

例えば、

業務の属人化を防ぐマニュアル整備

勤怠・シフト管理システムの自動化

社内コミュニケーションの効率化

など、“人を減らす”のではなく“人を活かす”方向の効率化を提案する立場に立ちたい。

■「法令遵守」から「経営貢献型労務」へ

最低賃金引き上げの流れは、今後も止まらない。
厚労省はすでに「早期に全国平均1,500円」を目標としている。

これは単なる賃金の問題ではなく、
「企業がどれだけ労働力を有効に活かせるか」という構造的課題である。

労務担当者の役割は、
もはや「法律を守らせる人」から「経営に助言する人」へと変わりつつある。
現場の声を踏まえた制度設計と、経営陣への実務的提言——
この2つを両立できるかどうかが、これからの労務担当者の力量を決める。

■まとめ:越年発効は「時間をもらった猶予期間」

今回の越年発効は、“時間を稼ぐための制度的猶予”にすぎない。
しかし、その時間をどう使うかで、企業の未来は変わる。

賃金体系の見直し

処遇バランスの整備

業務効率化・省人化の推進

この3つを軸に、単なる“対応”ではなく、“構造転換”を見据えた取り組みを。

最低賃金の上昇は、痛みを伴うが、同時に組織改革のチャンスでもある。
労務担当者こそが、その変革の起点になれる。

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