雇用保険料率0.1%引き下げが示す行政の本音
令和8年度の雇用保険料率は0.1%引き下げられ、1.35%となる。
数字だけを見れば、労使双方にとって負担軽減だ。
だが、この決定を「前向きな改善」と受け止めてよいのかと問われれば、答えは慎重にならざるを得ない。
行政は今回も、「引き下げられる範囲で引き下げた」という説明をする。
背景には「財源がない」という、聞き慣れた言葉がある。
だが本当に、財源はないのだろうか。
国全体で見れば、答えは明確だ。
国債発行という手段は現実に存在し、過去には桁違いの規模で実行されてきた。
雇用や生活を守るためであれば、財政的な選択肢がゼロになることはない。
それでも雇用保険では「財源がない」が繰り返される。
理由は単純で、雇用保険が独立採算を前提とした制度だからだ。
雇用保険は、労使が保険料を負担し、その範囲で給付を行う。
この建前が崩れると、
「では税金でやればいいのではないか」「保険料を払う意味は何か」という議論が避けられなくなる。
行政にとってそれは、制度そのものの正当性が揺らぐ事態だ。
だから国債や一般財源の話は、できる限り俎上に載せない。
財源がないのではなく、“使わない前提にしている”のである。
もう一つ見逃せないのが、雇用保険二事業の存在だ。
能力開発、雇用調整、各種助成金。中には効果が分かりにくく、利用実績も限定的なものが少なくない。
外から見れば「無駄を減らせばいい」と思える。
しかし行政の内側では、それらは予算であり、組織であり、仕事だ。
削減は合理化ではなく、組織の縮小と責任問題を意味する。
結果として、二事業は「引き下げる財政状況にない」とされ、手を付けられない。
削れる部分ではなく、削っても波風が立たない部分だけが調整対象になる。
こうして残ったのが、失業等給付の0.1%引き下げだ。
大胆な改革ではない。
次の不況で困らない範囲、誰も責任を問われない範囲での、最小限の動きである。
今回の引き下げは、制度が健全だから実現したわけではない。
むしろ、制度を延命するために、わずかに余裕を緩めただけだ。
雇用保険料率は下がった。
だが、雇用不安が消えたわけでも、制度の歪みが解消されたわけでもない。
「財源がない」という言葉の裏には、
制度を壊さず、責任を取らず、現状を維持したいという行政の本音が透けて見える。
0.1%という数字は、その本音を、実に正直に物語っている。

