「70歳まで働ける社会」の正体──数字が隠す“延長された老後”
「70歳まで働ける社会が進んでいる」。
厚生労働省の発表を見ると、そんな前向きな言葉が浮かびそうになる。
70歳までの就業確保措置を実施している企業は34.8%。
前年より増え、中小企業も大企業も数字は伸びている。
表だけ見れば、少しずつ理想に近づいているように見える。
だが、現場を知っている人ほど、この数字に首をかしげるはずだ。
まず、「70歳までの就業確保」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは何だろう。
経験豊富なベテランが、能力に見合った仕事と報酬で活躍し続ける姿かもしれない。
しかし、実態はまったく違う。
企業が選んでいる措置の約8割は「継続雇用制度」だ。定年は変えない。
雇用は“延長”するが、立場も給与も大きく下がるケースがほとんど。
肩書きは消え、賃金は現役時代の半分以下。
仕事内容も「責任のある仕事」から「とりあえず任せる仕事」へと変わる。
つまりこれは、「70歳まで活躍できる制度」というより、
「年金が始まるまで、あるいは生活が成り立つまで、会社に“置いてもらう”制度」に近い。
定年制の廃止や定年の引き上げは、全体のわずか数%にすぎない。
企業側が本気で「年齢ではなく能力で働いてもらう」仕組みを作っているとは、正直言いがたい。
一方で、65歳までの雇用確保措置は99.9%の企業が実施している。
これは「ほぼすべての企業が対応済み」というより、「やらざるを得なかった」というのが実情だ。
義務化されたからやった。それ以上でも以下でもない。
70歳までの措置が努力義務にとどまっている間は、この温度差は埋まらないだろう。
ここで見落としてはいけないのは、なぜ70歳まで働きたい、
あるいは働かざるを得ない人が増えているのか、という点だ。
生きがい論や健康寿命の話にすり替えられがちだが、現実はもっとシンプルだ。
年金だけでは足りない。貯蓄にも不安がある。だから働く。
「選択としての就労」ではなく、「生活を維持するための就労」が、多くを占めている。
企業側も苦しい。人手不足は深刻だが、人件費は抑えたい。
その結果、「安定して来てくれる高齢者」は都合のいい存在になる。
こうして、働く側も雇う側も、どこか無理を抱えたまま数字だけが積み上がっていく。
34.8%という数字は、希望の証ではない。
それは、「老後」という言葉が静かに書き換えられている証拠だ。
引退して余生を過ごす時代から、条件を下げながら働き続ける時代へ。
70歳までの就業確保が本当に意味を持つためには、制度の数ではなく中身が問われる。
どんな仕事を任せ、どんな評価をし、どんな報酬を払うのか。
そこに踏み込まない限り、この数字はただの“体裁のいい進捗報告”で終わる。
数字は嘘をつかない。
だが、数字は真実のすべてを語らない。
その隙間にある現実こそ、今、私たちが直視すべきものだ。

