高額療養費制度「見直し」という名の、静かな負担転嫁

行政の説明は決まっている。
「制度の持続可能性」「公平な負担」「低所得者への配慮」。
これらを一言に訳せば、「国民のために制度を見直す」ということになる。
だが、この言葉ほど中身が空洞な表現もない。

12月15日、厚生労働省の専門委員会が高額療養費制度の「見直しの基本的な考え方」を了承した。
表向きは、医療費の増大に対応しつつ、低所得者には配慮する――という、いかにも整った話だ。
しかし中身をよく見ると、見えてくるのは制度の持続可能性を名目にした、静かな負担の押し付けである。

まず押さえるべき事実は単純だ。
医療費は増え続けている。財源は足りない。だから国は「誰か」に負担を増やしたい。
ただし、「増税」や「制度改悪」と正面から言うと反発が出る。
そこで使われるのが、「区分の細分化」「限度額の調整」「応能負担」という、聞こえのいい言葉。

今回の見直しの柱は、自己負担の月額上限を引き上げること。
表現は婉曲ですが、要するに多くの人が、これまでより多く払う。これが核心である。

「住民税非課税の人には配慮する」と言う。
確かに、最下層は守る姿勢を見せている。しかし問題はその一つ上である。
年収200万円未満、住民税非課税ラインを「わずかに」超える層。
ここは今回、表向き救済されるようでいて、制度全体では極めて不安定な立場に置かれている。

なぜなら行政は、この層を「守るべき弱者」とも「十分払える人」とも定義しないから。
だから制度改正のたびに、帳尻合わせの調整弁として使われる。

さらに象徴的なのが「多数回該当」である。
医療費が高額になる月が続いた人の負担を軽くする仕組みだが、今回の見直しでは、基本は据え置き。
ただし、限度額をいじった結果、「そもそも限度額に届かず、多数回該当から外れる人が出る」という、
制度として矛盾した事態が起きる。
それを埋めるために新設されるのが「年間上限」。

ここに行政の本音がにじむ。
制度を整理した結果、不合理が出た。でも制度全体は見直したくない。だから後付けで辻褄を合わせる。

また、保険者が変わると多数回該当がリセットされる問題も「検討する」としている。
何年も前から指摘されてきた欠陥である。
今さら「検討」という言葉が出てくる時点で、本気で是正する気があったとは思えない。

高齢者の外来特例も同様だ。
健康寿命が延びた、受療率が下がった――だから限度額を引き上げる。
理屈は通っている。
しかし実態としては、75歳以上でも医療に頼らざるを得ない人が確実に存在する。
一律の数字調整で救われない現実は、ほとんど語られない。

結局、この見直し全体を貫く思想は明快だ。

「制度は守る。ただし、負担は広く、静かに増やす」

国民のため、弱者への配慮、応能負担。
どれも間違ってはいない。だが、本当に伝えるべき事実はそこではない。

この国は、医療費を支えきれなくなっている。
だから、はっきり「負担が増える」と言わずに、制度を複雑にして乗り切ろうとしている。

それが今回の「見直し」の正体だ。

行政の仕事として見るなら、極めて日本的だ。
先回りして問題を解くのではなく、問題が顕在化してから部分対応する。
企業で言えば、「言われたことはやるが、全体設計はしない社員」の仕事ぶりに近い。

この制度改正を「丁寧な配慮」と読むか、「責任の先送り」と読むか。
少なくとも、読者はもう、建前だけを信じる段階を過ぎているはずだ。

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