疑惑:障害年金について
障害年金は、働くことや日常生活に制約を受けた人が、
最低限の生活を維持するための最後のセーフティネットだ。
その制度の中核を担う日本年金機構で、信じがたい実務が長年行われていた可能性が報じられた。
医師が行った障害年金の判定について、年金機構の職員が「甘い」「厳しい」と判断し、
正式な判定記録を破棄した上で、別の医師に“こっそり”再判定を依頼していたというのである。
これは単なる運用ミスではない。
制度の根幹を揺るがす、極めて重大な問題だ。
■ 医師の独立性を踏みにじる行為
障害年金の審査は、法律上も実務上も医師の医学的判断が中核をなす。
職員には、医師の判断を否定したり、差し替えたりする権限はない。
それにもかかわらず、「判定結果が気に入らない」「厳しすぎる」「甘すぎる」という主観的評価
その結果、記録を破棄し、別医師に再判定
もしこれが事実であれば、もはや審査ではなく“選別”である。
しかも最初の医師には再判定の事実すら伝えない。
透明性も、説明責任も、専門性への敬意も存在しない。
■ 「不支給」になった人の人生は誰が責任を取るのか
障害年金は、もらえなければ「少し困る」程度の制度ではない。
・生活保護に移行せざるを得なかった人
・治療を断念した人
・家族関係が崩壊した人
不支給の一枚の通知が、その後の人生を決定づけることも珍しくない。
今回の問題が示唆するのは、
「本来、支給されるべきだった人が、職員の判断一つで切り捨てられていた可能性」だ。
これは“事務処理の問題”ではない。人の生活と尊厳の問題である。
■ 数日経っても説明できない組織の異常さ
報道から日が経っても、年金機構からは
どれだけの件数があったのか
いつから行われていたのか
誰の判断で、どのような基準だったのか
について、国民が理解できる説明はなされていない。
社会保険労務士として日々感じるのは、
「国民には1円単位の正確さと期限厳守を求める一方、
自らの不正や不手際には驚くほど鈍感な組織体質」だ。
信頼で成り立つはずの社会保障制度が、
無言と曖昧さによってさらに信頼を失っている。
■ 制度を守るのは、現場ではなく「外の目」
今回の問題で改めて浮き彫りになったのは、
巨大組織に内部自浄作用を期待することの限界だ。
だからこそ、
報道
専門家
声を上げる受給者
そして我々社会保険労務士
が、制度の番人であり続けなければならない。
障害年金は、年金機構のものではない。国民一人ひとりのための制度だ。
新年にあたり、あえて言いたい。
制度を壊しているのは「不正受給」ではない。
制度を軽んじる運用そのものである。
――この問題が、曖昧な「確認中」で終わることを、私たちは決して許してはならない。

