給与上昇の実態——本当に賃上げの恩恵を受けているのは誰か?
「75.2%の企業が賃上げを実施」——日本政策金融公庫の調査結果が示すこの数字は、
一見するとポジティブなニュースのように見える。
しかし、冷静に考えてみよう。これは本当に労働者や中小企業にとって良いことなのか?
誰がこの賃上げの恩恵を受け、誰がその負担を強いられているのか?
数字の裏側にある本当の姿を見ていく。
●物価上昇が賃上げを帳消しにする現実
今回の調査では、企業が賃上げを行った主な理由として以下が挙げられている。
・最低賃金の引き上げ(24.9%)
・物価の上昇(24.8%)
・自社の業績改善(17.3%)
この結果から明らかなのは、 企業が自主的に賃上げを行ったわけではない ということだ。
最低賃金の上昇や物価高による人材確保の必要性に押され、やむを得ず賃金を引き上げた企業が大半だ。
では、賃上げによって労働者の生活は改善されたのか?
答えはNO だ。
総務省の消費者物価指数(CPI)によると、
2023年の全国消費者物価(生鮮食品を除く)は前年より 3.1%上昇 している。
一方、厚生労働省の「毎月勤労統計調査(速報値)」によれば、
2023年の名目賃金上昇率は1.2% に過ぎない。
つまり、 賃上げをしても、それ以上に物価が上がっているため、
実質賃金はむしろ低下している のが現実だ。
●負担が増す中小企業、採用抑制のリスクも
賃上げの影響は企業側にも及んでいる。
大企業であれば価格転嫁や生産性向上の余地があるが、
中小企業にとってはコスト増という重い負担 になる。
特に、小売・飲食・介護などの人件費割合が高い業界では、
利益を圧迫され、経営を圧迫する要因 となる。
業績改善を理由に賃上げを行った企業はわずか17.3%しかなく、
多くの中小企業にとって賃上げは「余裕があるからするもの」ではなく、
「仕方なく対応せざるを得ないもの」 になっているのだ。
この結果、企業は次のような対応を取らざるを得なくなる。
✔ 採用の抑制(新規雇用を減らす)
✔ 非正規雇用の増加(正社員を減らし、アルバイトや派遣社員を増やす)
✔ 業務負担の増加(人件費削減のため、一人当たりの業務負担を増やす)
つまり、「賃上げが進む=雇用が安定する」わけではなく、
むしろ 雇用の不安定化 につながるリスクもあるのだ。
●では、本当に賃上げの恩恵を受けているのは誰か?
今回の賃上げで、 実際に利益を得ているのは次の3つの層 だ。
- 政府(政策の成果をアピールできる)
最低賃金の引き上げにより、政府は「賃上げが進んでいる」とアピールできる。
特に、政権の支持率向上や選挙対策としても活用しやすい。
しかし、その実態は 労働者の生活向上には直結しておらず、むしろ負担が増している。 - 大企業(優秀な人材を確保しやすくなる)
中小企業が人件費の高騰に苦しむ一方で、 資金力のある大企業は、相対的に人材を確保しやすくなる。賃上げの負担が大きい中小企業から 優秀な人材を引き抜くチャンス を得ることができる。 - 物価転嫁が可能な企業(インフレの影響を受けにくい業界)
例えば、 海外取引の多い輸出企業は、円安の恩恵 を受けているため、
賃上げの影響を相対的に軽減できる。
一方、小売・飲食・介護など 価格転嫁が難しい業界の中小企業は、
人件費上昇の負担を直接受ける ことになる。
●「賃上げ=良いこと」という単純な発想からの脱却を
「賃上げが進んでいる」という数字だけを見れば、労働者にとって好ましい状況のように思える。
しかし、現実は 物価上昇がそれを上回り、労働者の実質賃金は低下している。
中小企業はコスト増に苦しみ、雇用の安定性も揺らいでいる。
一方で、この状況を利用して恩恵を受けているのは、 政府、大企業、価格転嫁が可能な一部の企業 だ。
結局のところ、 賃上げが進むことで最も苦しんでいるのは、
一般の労働者と中小企業 であり、「賃上げ=良いこと」という単純な図式では捉えられないのだ。
今後、本当の意味での 「恩恵を受ける人」が増えるためには、
企業が安定して賃上げできる環境づくりが不可欠 だろう。
ただ数字を追うのではなく、 実質的に「誰が得をし、誰が負担を強いられているのか」を
見極めることが重要 なのではないかと思う。